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ささやかな教育論

Education, 2016.4.22, 2016.8.9

本質をみぬく抽象的な思考方法を育てる教育


目次

人は10万年は進化していない

哲学のような抽象的な思考が大切

哲学教育の縮小

イノベーションを起こす人材にスポットライトが

客観的で抽象的な思考能力の育成

< 関連 >

エデュケーションからスタディへ - そういうことか NHKフェイクニュース7 2018年3月31日以降
未来の教育イノベーション


人は10万年も進化していない

人類社会は全体としては法律などの社会的なルールや、発明などの科学的知識を発展させ続けていますが、それを使う個々の人間は生物的にはほとんど進化していません。

今年生まれた人も1万年前に生まれた人も生物的な能力はほぼ変わりません。現代人が精神的に発達した生き物だと考えている人も多いでしょうが、誤解です。

人はほぼ進化していませんし、同じ過ちも繰り返しています。現代の科学では人間は10万年くらい前から進化していないとみられています。

1万年前どころではなく10万年前の原始的な生活をしていた時代の天才も21世紀を生きる天才も、人としての基本的な能力的はほとんど変わらないということになります。


哲学のような抽象的な思考が大切

とても効率の悪いことですが、私たち人間は、世界から様々なことを学び、ときには誤りながら、試行錯誤を繰り返して成長していくしかありません。

人は赤ん坊として生まれ、目に映るものすべてを手でさわり世界のありようを理解します。成長して学生になると勉強もしますが、つまらない嘘をついたり、ときには喧嘩をするなどして、人間社会のルールを理解しながら成長していきます。

人間の精神的成長の結果、知識や道徳、文化などの共有は、具体的には教育によって行われるとは思います。しかしながら、実際にはそのときどきの教育内容を決めるのは権力者ですから、公正で効率的な教育を行うのも難しいようです。

現在の日本の教育では、議論、ディベートを取り入れるなど、明るい兆しがなくもありません。あとは哲学のような抽象的な思考、本質を見抜く分析や理論構築ができるようになれば、結果的に公正な王道を行くような発想をする人間が育ち、社会全体の発展に貢献するようになるのではないでしょうか。


哲学教育の縮小

日本の大学における哲学教育は、1990年代初めのバブル経済崩壊後の後に、規模が縮小しています。

当時の文部省が一部の優秀な、いわゆる偏差値の高い大学以外にあった哲学科を閉鎖させたのです。哲学を教えていた哲学者は職を失い、人間学など哲学的な別分野を教えたり、塾講師の仕事を増やしたりしました。

当時は、社会の生産などに直接的に寄与しない哲学教育を省くことで、日本の生産性を上げ、日本を発展させようという大義名分で哲学教育を縮小させた訳です。しかし、大局的にみると外圧、つまりアメリカの圧力で、哲学教育を縮小させられたようです。2016.4.22, 2016.8.8

裏社会の事情を考えると、これは国際金融マフィアの意図的な日本の教育弱体化策だったことが疑われます。かつてフリーメーソンを裏から乗っ取ったイルミナティの初代トップであるアダム・ヴァイスハウプトも哲学者で、初期イルミナティの活動方針などは彼が決定していたとみられています。

金融マフィアは日本の哲学教育を縮小することでひとにぎりの天才が現れないように工作を仕掛けた可能性があります。日本全体の白痴化と共に、少数の天才も現れないような用心深い戦略があったとも考えられます。

歴史的にみても周期的にやってくるのですが、時代はそろそろ哲学者に注目すべき時期に来ているのかもしれません。全世界で優秀な哲学者を育て、社会不正の改善に役立てるべきでしょう。2016.8.8


イノベーションを起こす人材にスポットライトが

現在の社会で特に求められる人材は、変革、いわゆるイノベーションを起こせるようなひとにぎりの天才や秀才です。これは昔から変わらないような気もしますが、広く一般的にイノベーションを起こすことを目的に特別に有能な人材に対して焦点があたっていますので、以前とは明らかに違う動きになっているといえます。

優秀な作業員の大量生産を目指すような教育から、一部の有能な人材を生み出すための教育に変化しつつあります。

イノベーションを起こすためには、普通の人には気付かないことに気付き、効率化したり、他の分野と連携し、新たな分野を切り開くような自由な発想が求められることでしょう。


客観的で抽象的な思考能力の育成

バブル崩壊後の日本社会の発展を止めるためには、哲学教育の縮小は効果があったであろうことが予想されます。現在、すぐに哲学科を増やすことも難しいでしょうが、大学の哲学科を増やすことが重要なのではありません。

本質的には哲学自体ではなく、哲学的な客観的で抽象的な思考方法が、今後の教育で重要な役割を果たすであろうことが予想される、ということです。小学校の教育に抽象的な思考訓練を取り入れるのも面白いでしょう。

世界は情報化されたIT時代に突入に、インターネットさえ使える環境があれば、情報はいくらでも手に入れることができるようになりました。

情報量が増えた社会で有効となる能力は、統計学のような情報分析能力だけではありません。統計学が導き出す確率が真実のすべてではありません。

統計的情報も含め、それらの情報をより有効に活用するためには、全体を俯瞰し本質をとらえるような哲学的な思考能力も有効な能力となるはずです。

物事を客観的にとらえ、抽象化し、本質を見抜くこと、これらを手助けするような教育を導入することが、日本だけではありませんが、今後の教育の分野では有効な教育法となっていくのではないでしょうか。2016.4.22, 2016.8.9

< 参考 >

イノベーションの女神様
イノベーション発生率の向上案

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