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所謂「左翼」なる者についての人類学的宗教学的考察その1

・所謂「左翼」なる者についての人類学的宗教学的考察その1
左翼・狂残党には、過去より山ほど集スト加害を受けた。今その一々は述べないが。
実に「左翼」こそ、草加・盗逸や公安の一番の「お友達」なのである。それも狂残党どころか、珍左翼・眠朱党・労組・人権団体・日○組等に至るまで。
無論、カルトや右翼・ヤクザもお仲間だが。

当然ながら、一つにはそれらが全て罪荷血政党だからだが。但しそれだけを問題にするなら、事の本末が転倒するだろう。
「罪荷血」云々は謂わば結果論であり、事はもっと本質的な問題だからだ。

実の所、それらは痔・孔両党より、加害の中枢に近いかもしれないのである。それだけ、オーナー筋の国際金融辺りには、より親しい「割りない仲」と云えよう。
その腐れ縁は「ロシア革命」どころか、最低でも「フランス革命」まで遡る。更にはルネサンス期まで遡及できるが。
この辺りの裏事情は、それこそエドモンド・バークの「仏革命論」(「フランス革命の省察」)などが詳しい。

故に現在でも、禿鷹金融投機筋の主張など、完全にアナーキストのそれである。米ネオコンの正体が、実はトロツキストなのも。
これら国際派イデオロギーの所以については、確かな歴史的経緯があるのである。この辺りについては、別項で纏めたい。


因みに東京時代、無耳法師への集ストが顕在化したのは「細○政権」成立の頃だった。この時こそ、国際派直接支配の濫觴である。もっとも、無自覚のテク犯はそれ以前からだが。
また現在の痔孔政権は無論のことながら、途中の眠朱・斜眠罪荷血左翼政権時こそ、その加害は激烈悪化の極みを為したのである。

その時の主な加害勢力は、カルトや警察もさることながら、罪荷血童話・左翼・狂残党・労組・日○組などが、露骨な悪意を剥き出しに、過激に襲い掛かってきたのである。

何故なら、右手の痔孔政権とは所詮「エージェント」(代理店)を出ないのに対して、左手の眠朱斜眠政権こそ、胴体の国際筋にとっては、謂わば「直営チェーン店」だったからだ。
何度も言うように、実に「左翼」こそ、奴等国際筋の「由緒正しき保守本流」なのである。
当然、こっちの方が本来「格上」だ。
と云っても、別段褒めたわけではないから、右も左もどうぞ悪しからず。


ときにリラックスさん曰く。先日の金沢街宣時彼に、「お前は狂残党か?」とアヤ付けてきた、自称元狂残党の罪荷血ジジイがいたという。それに態とタイミング合わせた、狂残党の選挙演説のアンカリングだの、狂残党の嫌がらせはなかなかであった由。
何とも、嬉しいお手盛り接待の限りであったようだ。

能登流し街宣でも、国際金融筋のことを流しつつ、こちらも態と羽○狂残党の側をなぞってやったが、すぐさま見覚えがある、狂残党の車が追尾ストーキングしてきた。それも観ようによっては、あたかも後続車両のように。

初期の金沢街宣でも、こちらが先に道路許可で押えた街頭を、狂残党系が労組特権(労働法での免責)で勝手に横取りした上で、「一緒にやりませんか?」と厚かましく言ってきたことがあった。勝手にバシリにされている。

狂残党の安易でチープな嫌がらせ程度は、ほぼ「吉○家の牛丼」なみの、ベタな月並みさだ。相変わらず、悪いのは顔と頭だけではないようだ。ナニ、根性だって?もとい、すべてがだよ!


その意図は露骨過ぎるほど、「月並み」なのである。要はリラックスさんと無耳法師の「活動」を、所謂「左翼運動」の一環と印象操作・風評工作したいのである。その下手な絵図元は、当然「お友達」の公安筋だろうが。

ある意味、そんな「殿上人のお歴々」(左翼さん)に比されて、何とも恐縮の極みである。我ながら出世したものだ。後述するように、それは嫌味ではなく、正味そう思うからだ。

ともあれ、その「レッテル貼り」による、「監視の正当化」(大義名分)は言わでものことだが。「落とし所」は実はそんな処にはない。

要は味噌も糞も一緒の、「根拠なき反体制勢力の反抗的言辞」(世迷言)と葬り去りたいのである。
確かに所謂「左翼・過激派」の空理空論こそ、その世迷言の「如何にも・月並み」な世間的類型だからだ。但し、口実としては陳腐の極みだが。


その絵図の下絵は、アプリオルにある左右(反体制/体制)の二項対立・二律背反関係とやらを、それこそ都合よくなぞっている。
それ自体が設えられた、「相互マッチポンプ」の為の大嘘なのは、既に何度か言及した。端からつるんでの、よくある「田舎芝居」の代表類型なのである。

確かに「劇中」(世間)では、左翼と公安とは、「敵役/ヒーロー」の競争関係だ。但しそれは同じ「劇団員(お仲間)」であることが、何よりの前提なのである。
そうそう、端役に「珍左翼」(左近の中○・右近の角×)というのもいたな。
それぞれお互い「役割」として、飯の為に相手の存在を利用し合う仲と云える。

劇中こちらを「左翼=不穏分子」(危険人物)とやらに仕立て上げた上で、「如何にもな善人ヅラ」で大向こうに苦り切って見せる、盗逸公安や草加生安のしたり顔が目に浮かぶのである。あたかも白塗りの銭形平次の如く。
ついでにその他大勢(エキストラ)の、カルトのゲス下郎どもの薄穢いゾンビ顔も。

共に真の実態は、「善人」どころか正味「悪党」の沙汰なのである。それは倫理的(根性論)のみならず、実は社会構造としてでもある。


何より如何にも安易なのは、「左翼・過激派」こそ「反体制」の類型という、設えられた既存のヨタ話(大嘘)にこそあるのだ。
といっても、無論「左翼・過激派」を擁護するためではない。寧ろその逆である。

まず以て左翼のどこが、いったい「反体制」だというのか?冗談ではない。
労組や人権団体・市民団体をはじめ、既得権益(利権)の保持者であり、医療・福祉や教育、マスゴミやアカデミズムなど、民間や官公署に多大の勢力を保持している。また表左裏右の草加、表右裏左の盗逸との関係も密接だ。
故に草加の「総体革命」にしろ、一面その模倣なのである。実際、面子も大分被るわけだ。
因みにその全てが、集ストに関わる利権・権益である。

要は端から、戦後の現体制・権力全体での相補的一翼なのだ。振られた役割としては、「ヒーロー」なのか、はたまた「敵役」なのかは知らないが。

また当面の公権力の制限なき拡張を欲望する点でも、思潮として警察などとも規を同じゅうする、「ご同輩」(全体主義者)である。
だから俗にも謂うではないか?「犬も朋輩なら、鷹も朋輩」と。


ナニ、狂残党や珍左翼は、未だ「暴力革命」を旨とするから、別口だって?
なるほど、昔はそんな「仕込み」(マッチポンプ)で、警察も大分儲けたのである。戦後の「公安利権」の走りだ。
今は、表向きオウムなど別の儲口を「仕込ん」でいる。それさえも、何故か草賊・盗賊系だけは素通りだが。それこそ、オウムのオーナー筋なのに。
無論本当の儲け口は、集スト利権の循環・拡張システムにこそある。上記はその道具立てにすぎない。

まだ奴等とつるんでやってるなら、警察は「狂残党や珍左翼」に足向けて眠れないだろう。
どだい、集ストのような「売国行為」に加担して、いったいどの口で言うつもりだろう。心ある日本人警察官はみんな泣いているのではないか?
嗚呼、亦唇が寒いのである。


曰く、相互マッチポンプは利権構造の基礎である。狂残党や珍左翼にせよ、公安警察にせよ、また街宣右翼や暴力団にせよ、或いは草加・盗逸系カルトにせよ、みんな戦後GHQとCIAが作ったのは、戦後史の常識ではないか。背後には、「冷戦構造」(双方建て)そのものを仕込んだ連中がいる。

悉く、キーワードは反日=「罪荷血ネットワーク」だ。皆様、しっかり「お友達」なのである。
当然、痔民党筋(清○・経○)もその範疇にある。みな表面は相互マッチポンプで、切磋琢磨し合うよき友・ライバルとして。

ある意味敗戦後、反日国際勢力による「革命」は、もう既に完了しているということでもある。日本人の為の「政府」など、もはやどこにも存在しないのである。無論、日本人を守る為の警察(公安)も。

而に今更誰がどこに、「暴力革命」とやらを仕出かす必要性がある?必要なのは、やつらに都合のいい事後管理(抑圧機構)としての、集ストシステムだけではないのか?或いはインターナショナル(左)=グローバリズム(右)の拡張展開として。
こんなことを、当の当事者(共犯)たる、警察(右)や狂残党(左)に言うだけ、もう唇が凍りつきそうだ。

(*為に仲間内の「自作自演」は、それこそ仲間内だけで演じてもらいたいものだ。少なくとも無耳法師は、そんな田舎芝居の舞台に上がった記憶は一度もないから、一言釘を刺しておく。警察や狂残党・左翼筋に騙されたり、乗せられたりした記憶なら、何度もあるが。)


無論奴等左翼は「反体制」どころか、実態は現政府(痔孔)より上位の、国際勢力直轄の既得権益層・上層支配層の流れなのである。即ち、国際主義での「由緒正しき保守本流」たる所以である。

煽られた左右の旋回蛇行運動(合従・連衡)を繰り返しながら、基本こちらに落とし込むのが、確かに近世以来の欧米政治思潮の歴史的流れなのである。近代以来はアジア諸国も。
つまり一切は予め仕込まれているのだ。

因みに「反日」に非ずんば人に非ずが、この国の上層支配層の鉄則と熟知すべきだ。既成の政治的「左・右」いずれの文脈に於ても。
それ故に当然ながら「由緒正しき保守本流」とは、集スト加害の「本流」でもある。

「左翼」とは謂わば現権力の双構造上、意図的に「制度化された反体制」なのである。或いは裏体制というより、隠蔽された「真体制」そのものとも云える。
少なくとも「不○役人」たるサツ官なんぞより、遥か上層の聖性カーストだろう。

亦、戦後講壇左翼や商業左翼のスポンサーは、旧蘇連や中共シナよりも、ほとんど米金融筋(主にロック系)なのである。戦前は欧ロスチャ系が多かったが。
その上で露支北鮮との付き合いも、連絡員としてというより、花形宣伝要員としてである。

何とも羨ましい社会階層ではないか?少なくとも社会的に完全に疎外された、我々集スト被害者なんぞには、比ぶべきもない恵まれた特権的知識エリート層である。
だから「知性豊かな」(?)地域白足袋衆(地域支配層)の教養も、ほぼ左翼思想にある。「両班」の基礎教義(支配の哲学)だからだ。

(*戦前、国家レベルでの大物左翼白足袋衆に、近衛文麿(五摂家筆頭)や徳川家達(徳川宗家・将軍家)などがいた。マッチポンプで、大東亜戦争や2・26事件を仕込んだ連中だ。戦後もこの流れにいる連中が数多いるが、別項で纏めたい。)


寧ろ設えられた「安保」や「反原発」の一面的批評に代表される、左翼特有の無責任で甘えた「空理空論(お花畑)」の所以も、結句そこにある。
前後の因果関係の文脈を、意図的に寸断されたエピソード(事項)の特定枠内に於て、一定の価値で設えられた偏向バイアスで、これを批評的に裁断するのみだ。

その際、各エピソード相互が、如何に矛盾撞着しようと意に介す所ではない。また各エピソード間の全体的論脈や規定枠そのものを、何故か決して検証することはない。

忌憚なく言って、当の「安保」も「原発」もそれ自体、もともと国際勢力が設えたものではないのか?つまり、広義の「反日(左翼)」勢力が。顧みて他を謂う、見本みたいなものなのである。

実はもとより言ってる本人も、本音ではそんな題目を信じちゃいないのである。自閉的に完結した空疎な言論そのものに、自己陶酔(聖別化)すること自体が目的なのである。権力に守られた上での、「制度的反体制」の枠内で。
今その一々を論う暇はないが、もし本気で宣うなら、凡そ矛盾・撞着の塊でしかないとだけは言っておく。

奴等はもともと一切責任を無答責される、ワガママな特権的階層だからだ。「ただ言うだけ」の体制批判は、もともと「両班・士大夫階級」の公認特権である。
但し背後にいる、国際勢力の思惑・利権の限定と、その教唆の下で。

故にもっと重要なことは、その「ただ言うだけ」の設えられた個別的争点は、アブナイ本当の論点を隠蔽する為のマッチポンプ機能だという点だ。

寧ろその主張の非現実性は、別の現実的可能性を封圧するためにある。つまり与党・従米右翼と一緒に戦後体制の大枠を維持し、相互抑制で体制逸脱を抑止するためなのである。
つまり一言で云えば、「自虐=従属」の双構造の維持のために。

何より奴等左翼が、決して自ら加担する「集スト・テク犯」の存在を認めないのも、何よりこの隠蔽された「双構造」自体が露見することを畏れるからなのである。つまり相互マッチポンプで設えられた、この世の実相が。







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プロフィール

無耳法師

Author:無耳法師
 

石川県在住。男性。カルト勢力による、集団ストーカー・電磁波犯罪被害35年。内、防犯ネット悪用での違法監視・不法行為被害7年。彼等犯罪者との徹底抗戦を希求している。伴に闘う被害者同志を求める。

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